李文平(2014)「中国の日本語教科書におけるコロケーションの提示状況に関する一考察」『小出記念日本語教育研究会論文集』22:33-45..pdf
小出記念日本語教育研究会 22 2014.3 中国の日本語教科書におけるコロケーションの 提示状況に関する一考察 −教科書間の比較を中心に− 李文平(名古屋大学大学院博士後期課程) 要 旨 本研究では、中国における日本語コロケーションの教育を改善するために、中国の 大学一年、二年で最も広く使われている四種類の日本語教科書に見られるコロケー ションを調べ、教科書間の比較を行った。今回の調査で明らかになったことは、第一 に、各教科書が取り扱うコロケーションは頻度も種類も一致していないことから、中 国の日本語教育においてコロケーションに関する統一的で明確な基準がないことが分 かった。第二に、各教科書は程度の差こそあれ表現が古く、不適切なコロケーション を提示している傾向が見られた。第三に、各教科書はコロケーションの提示方法にお いて主に暗示的な方法を取っていることが分かった。最後に、教科書の問題点を指摘 した上で、今後の改善点及び各教科書が取り入れるべきコロケーションリストの提案 を試みた。 キーワード:コロケーション 教科書コーパス コロケーション教育 第二言語習得 1.はじめに 学習者はしばしば「語感を育てる」のように、表現意図が分かり、文法的にも正 しいが、母語話者なら用いないような不自然な表現をする。大曾(2005)は母語話者 と学習者の違いはコロケーションの使用に現れると指摘している。Pawley and Syder (1983)はコロケーションを習得することは、母語話者レベルの流暢さや自然さに達す るための最も重要な要因の一つであると主張し、コロケーションの重要性を指摘して いる。 コロケーションは日本語の「連語」の概念に近く、一般に「習慣的にまとまって使 われる語の連鎖(大曾・滝沢 2003) 」を意味する。二つ以上の語の連鎖は、連結の固 定度と意味の固定度によって三つの段階がある(国広 1985,2007) 。最も強い語の連 鎖は「腹を立てる」のように語の結びつきが固定的で全体の意味が個々の語の意味か ら解釈できない慣用句である。次の段階は「傘をさす」のように語と語の結びつきが 固定的であるが、個々の構成要素から全体の意味が解釈できる語の連鎖であり、一般 に「連語」や「コロケーション」と呼ばれる。最後に、結びつきが最もゆるい語の連 - 33 - 鎖は「花を買う」のような「自由結合」と呼ばれるもので、全体の意味が構成要素の 総和であり、また「花」の代わりに「百合・バラ」などと自由に入れ替えられるもの である。 外国語教育において、慣用句とコロケーションは慣用的な結びつきであり、学習者 にとって予測が難しいため、重要視されている。一方、自由結合は個々の単語から意 味が明らかになり、結びつきがゆるいもので、軽視される傾向がある。しかし、近年 外国語教育では、コロケーションを幅広くとらえる必要があると指摘されている。阪 田(1990)は外国人学習者の場合には語の連鎖の個々の構成要素の意味が必ずしも分 かっていないと指摘しており、そして大曾(2005)は「風呂を沸かす」のような母語 話者にとって常識的な表現の中に、学習者にとっては慣用的な表現もあると述べてい る。さらに、三好(2007)は「薬を飲む」のような自由結合に分類可能な結びつきは、 学習者の母語の影響によって「薬を食べる」が正しいと考える可能性があると指摘し ている。本稿ではこのような指摘を踏まえ、日本語教育の立場から三好(2007)や大 曾(2005)と同様に、自由結合もコロケーションとして扱うことにする。 コロケーションの中でも「名詞+を+動詞」パターンのコロケーションは一般語の コロケーションにおいて最も多く(秋元 2002) 、学習者にとって習得が難しい項目で ある(Nesselhauf 2005) 。大曾・滝沢(2003)は日本語学習者コーパスからコロケー ションの誤用例を抽出し、 「×ビタミンを食べる」→「ビタミンをとる」 、 「× アルバ イトをもっている」→「アルバイトをしている」などの誤用を紹介し、コロケーショ ン習得の困難さを指摘している。 コロケーションは言語運用の流暢さや自然さの獲得において非常に重要で学習者に とって習得困難であるが、教師と学習者に見過ごされてしまう可能性が高い。コロ ケーションは個々の構成要素から全体の意味が解釈できるため、初めて出会った場合 でも意味が分かることが多く、読解や聴解の過程で気づかれにくい。そして、従来、 語を個別的・孤立的にとらえる傾向があり、教師や学習者の関心がコロケーションに ではなく、テキストに現れた個々の新出単語に向けられると指摘されている(三好 2007) 。コロケーションを意識していない学習者がインターネット上の検索ツールや コロケーションに関する副教材を利用し、コロケーション学習を行うことは考えにく い。コロケーション教育の現状を改善するために、教師側としてはコロケーションを 意識して教える必要がある(国広 2007)と同時に、学習者はコロケーションを意識し て学習することが重要であると指摘されている(Woolard 2000) 。その有効な方法の一 つとしては、シラバスや教科書におけるコロケーションの提示方法を改善することが 考えられる。 教室活動において教師と学習者に毎日使われる道具の一つが教科書であり、このよ うな教科書は e ラーニング教材や副教材に比べ、十分に使用されている点、そして定 期的学習・継続的学習がしやすいという点において優れている。毎日使われている教 - 34 - 科書がコロケーションを明示的に提示し重視するなら、それを使う教師と学習者もコ ロケーションに関心を持つようになることが期待できる。また、石川(2008)は教科 書が学習者の言語習得に与える影響はきわめて大きいと指摘している。したがって、 中国で使われている日本語教科書に見られるコロケーションの分析を通して、適切で ない提示を修正し、コロケーションの提示状況を改善することにより、学習者のコロ ケーション運用能力及び日本語運用能力の発達、そして学習者のコロケーションへの 意識の高まり、さらに学習者の自主的学習の促進に重要な意義があると思われる。し かし、これまで中国の日本語教科書におけるコロケーションを中心に調査・分析する 研究は行われてこなかった。 そこで本研究では、学習者にとって習得が難しい「名詞+を+動詞」パターンのコ ロケーションを対象に、中国におけるコロケーション教育を改善するために、中国の 大学一年、二年で最も広く使われている教科書に見られるコロケーションを調べる。 なお、コロケーションは初級段階に導入されると定着しやすく、中級段階でのコロ ケーション指導が非常に重要である(秋元 1993)ため、大学一年、二年の教科書を対 象に調査を行う。 2.先行研究と研究課題 近年、日本語コロケーションに関する研究が増えてきているが、教科書におけるコ ロケーションを中心に調査した研究はまだ少なく、およそ 20 年前の研究であるが、秋 元(1993)と秋元・有賀(1996)のみが先行研究として挙げられる。 秋元(1993)は連語を体系的・組織的に教える必要から、中級の教科書に出ている 連語の数を調べるために、日本語教科書として広く使われている『日本語表現文型』 (中級 I、II)を調査した。その結果、教科書の本文と「語句」欄に載っている連語が 約 220 項目あると述べている。秋元・有賀(1996)は初級、中級の日本語学習者に必 要な連語を整理するために、 5 種類の初級日本語教科書に出ている連語をまとめた。 しかし、秋元(1993)や秋元・有賀(1996)が調査した教科書は中国国内の日本語学 習者に広く使用されているものではないため、中国の日本語コロケーション教育を改 善するためには、中国で使われている教科書を調査する必要がある。 これまで中国の日本語教科書の調査に関して、本稿の調査と同じ「日本語教科書 コーパス JTC 第一版」 (JTC)を用いた楊・陳(2009)と曹(2011)は、それぞれ授受 動詞表現と複合動詞に関する調査を行ったが、JTC を利用してコロケーションに関す る調査はまだ行われていない。その理由として、JTC に付いている検索エンジンがコ ロケーション抽出に向いておらず、自力でコロケーション検索を行うためにはコン ピュータ操作・形態素解析・正規表現などに関するある程度の知識が必要になり(砂 川 2011) 、加えてコロケーションの抽出作業はより複雑であるため、その調査が行わ れていないと考えられる。 - 35 - そこで、本研究は中国におけるコロケーション教育を改善するために、中国の日本 語学習者に最も広く使われている四種類の教科書に見られるコロケーションを調べ、 以下の三つを研究課題として取り上げる。 ( 1 )コロケーションの頻度数と種類数において、四種類の教科書は一致しているか。 ( 2 )提示しているコロケーションにおいて、中国の教科書と日本の教科書の相違点 は何か。 ( 3 )コロケーションの提示方法において、教科書はどのような方法を取っているか。 3.調査方法 3.1.使用するデータ 2006 年北京日本学研究センターが開発した『日本語教科書コーパス JTC 第一版』 1) 」で使用されるものと (JTC) は中国の大学日本語専攻主幹科目「総合日本語(精読) して、教育部推薦教材と認定された BD 4 冊、BW 4 冊、DW 4 冊と SW 4 冊を収録して いる(教科書の名称は公開されていないため、略称を使用した) 。これらの教科書は 日本語を勉強したことのない大学一年、二年の学習者を対象に、 2 年 4 学期にわたっ て使用されており、学習者の到達予想レベルが日本語能力試験 N 2 以上とされている。 また、これらの教科書は国家が決めた同一のシラバスのもとで編集された総合教科書 (それぞれの収録語数は表 1 の総語数行を参照のこと)であるため、読み書きとコミュ ニケーションの指導においては大差がないとされている。なお、JTC に収録した教科 書が中国国内の大学一年、二年で最も広く使われているものであり(曹 2011) 、中国 の日本語学習者が使っている教科書の実態を反映できるため、本研究は JTC を使用する。 3.2.データ処理手順 「名詞+を+動詞」パターンのコロケーションを以下の手順によって抽出した。 ( 1 )MeCab 0 .994 + UniDic 1 . 3 .12 で形態素解析を行う。 ( 2 )語彙素とタグ情報のみ残し、ほかの情報を削除する。 (3) ( 2 )で得られたファイルの改行をスペースに置換してから、一行一文にする。 ( 4 )一行に現れるすべての「名詞+を」と、その直後の「動詞」を抽出する。 ( 5 )抽出した「名詞+を+動詞」パターンのフレーズの頻度表を作る。 (6) ( 5 )で得られたファイルの慣用句を削除する。 ( 7 )練習問題の問題文のみ現れるフレーズ(例えば、 「空欄を埋める」 )を削除する。 本研究の目的は、中国の日本語教科書に見られるコロケーションを調査し、教科書 間の比較を通して、中国におけるコロケーション教育を改善することである。抽出手 順( 4 )に関して、大曾(2002)と同様に名詞の直後に現れる動詞に限定する理由は 二つある。第一に、抽出精度が高いからである。コロケーションの抽出方法はまだ十 - 36 - 分に確立されていない(砂川 2011)ため、技術上の制限により、抽出範囲が限られ、 漏れが生じる可能性があるが、抽出精度は高くなる。一方、構文解析を利用すると、 抽出範囲が広くなり、漏れは少なくなるが、解析の精度は 80% 〜 90% となり、エラー が多く含まれる可能性が高くなる。現行の教科書を客観的に評価するためには、より 正しい表現を抽出する方法が望まれるため、本研究では抽出精度の高くなる抽出範囲 を限定する方法を採用する。 第二に、現行の教科書に見られるコロケーションの提示状況を正確に把握するため である。 「名詞+を」の後は直後に動詞が来る場合とそうでない場合がある。後者は 「名詞+を+〜+動詞」であり、 「割る」 、 「染める」 、 「変える」などがこれにあたる。 これらの動詞の場合、例えば、 「八を二で割る」と「二で八を割る」 、また「シャツを 赤に染める」と「赤にシャツを染める」において、どちらも二番目の表現は間違いと はいえないものの、母語話者の言語習慣から見ると不自然な表現となる。それゆえ、 「名詞+を+動詞」と「名詞+を+〜+動詞」の差を無視してコロケーションの例を探 すと、大量の例文が存在する場合、不自然な方の「 (二で)八を割る」 、 「 (赤に)シャ ツを染める」のようなケースも正しいコロケーションとして認識されてしまい、改善 すべき文を特定できなくなる可能性がある。以上の理由を以て、本稿では「名詞+を」 の直後に現れる動詞に限定し、より正確な「名詞+を+動詞」のコロケーションを抽 出し、より客観的に現行の教科書を評価することにする。 4.結果と考察 4.1.コロケーションの頻度数及び種類数における比較 コーパスにおける頻度数 2 以下のものは偶然的出現の可能性が疑われる(石川 2008)ため、頻度数 3 以上のコロケーションについて分析を行う。各教科書のコロ ケーションの提示状況を見るために、四種類の教科書の総語数(形態素数) 、及び 3 回以上出現したコロケーションのそれぞれの頻度数と種類数を表 1 にまとめる。 表1 各教科書における 3 回以上のコロケーションの概要 BD 総語数 3 回以上のコロケーション 総語数に対する比率 BW DW SW 頻度数 種類 頻度数 種類 頻度数 種類 頻度数 種類 297563 13070 365604 13671 246929 12017 334174 10610 929 186 789 130 528 103 1244 216 0.31% 1.42% 0.22% 0.95% 0.21% 0.86% 0.37% 2.04% 注:頻度数はトークン(延べ数)を意味し、種類はタイプ(異なり数)を意味している。 各教科書における 3 回以上のコロケーションの頻度数について、カイ二乗検定(独 立性の検定)と多重比較を行った。カイ二乗検定の結果、四種類の教科書におけるコ - 37 - 2 ロケーションの頻度数に差が認められた(χ = 205.24, df = 3 , p < .001) 。多重比較の結 果、BW と DW の間を除き、BD と BW、BD と DW、BD と SW、BW と SW 及び DW と SW の 5 組の教科書間に有意な差が見られた(p < .001) 。つまり、BW と DW の二種類 の教科書のみの場合には、コロケーションの頻度数に有意な差がないが、ほかの 5 組 の教科書どうしにおいて、取り扱うコロケーションの頻度数に有意な差があり、教科 書間に教えるべきコロケーションの頻度数に関して統一されていないといえる。 また、各教科書が扱っているコロケーションの種類に関して、SW は一番多く 216 種 (2.04%)であり、次に BD は 186 種(1.42%)と BW は 130 種(0.95%)であり、DW は 一番少なく 103 種(0.86%)である。四種類の教科書で共通しているコロケーションの 数は 14 項目のみであり、任意の三種類の教科書で共通しているコロケーションの数も 25 項目にとどまる。このことから、教科書が独自の基準でコロケーションを選択し、 教科書間では教授すべきコロケーションの種類においても統一的な基準がないことが 分かる。 原因として、中国の日本語教育のシラバスである『高等院校日語専業基礎階段教学 大綱』 (2001)はコロケーションについて、 「掌握少量常用詞組的用法。 (p. 4 ) (少量の 常用フレーズを使いこなす。 ) 」と記述するだけで、具体的にコロケーションの頻度数 と種類数について説明をしていないため、各教科書の編集者が独自の基準でコロケー ションを選択した可能性が考えられる。今後、シラバスや教科書の改訂にあたって、 コロケーション調査に基づき、統一的で明確なコロケーション教育の基準を作ること は早急に取り組むべき課題の一つであると考えられる。 4.2.中国の教科書と日本の教科書における比較 中国で使われている日本語教科書と日本で使われている教科書において、取り扱 われているコロケーションの違いを考察するために、秋元・有賀(1996)との比較を 行った。なお、秋元(1993)はコロケーションの数を明確に述べているが、具体的な コロケーションについての記述がないため、比較を行えなかった。秋元・有賀(1996) にはコロケーションリストが付いているが、コロケーションの頻度数を載せていない ため、秋元・有賀(1996)とコロケーションの種類のみの比較を行う。 4.2.1.共通している項目 秋元・有賀(1996)に現れている「名詞+を+動詞」のコロケーションは全部で 443 種で、中国の各教科書と共通している項目の数を表 2 に示す。結果として、秋元・ 有賀と中国の各教科書で共通している項目の数が各教科書のコロケーションの種類に 対して占める比率はいずれも 27% 以下にとどまる。このことから、中国の日本語教 科書が取り扱うコロケーションは日本の日本語教科書との間に乖離があることが分か る。 - 38 - 表2 中国の日本語教科書と秋元・有賀(1996)で共通しているコロケーション 教科書におけるコロケーションの種類数 秋元・有賀(1996)と共通している項目の数 種類数に対する比率 BD BW DW SW 186 130 103 216 32 17.20% 35 26.92% 21 20.39% 42 19.44% 4.2.2.類義コロケーションの比較 類義語のように、便宜上本稿では類義関係にあるコロケーションどうしのことを類 義コロケーションと呼ぶ。中日の日本語教科書における類義コロケーションの比較は、 中国の教科書の特徴や改善すべき点を特定するために有益であると考えられる。中日 の日本語教科書において、類義コロケーションを表 3 と表 4 にまとめる。 表3 中国の教科書と秋元・有賀(1996)における類義コロケーション( 1 ) BD スライドを映す 握手を交わす 約束を違える 質問を発する 秋元・有賀(1996) BW スライドを使う 日記を書く 握手をする 部屋を掃除する 約束を破る ワープロを使う 質問をする 返事を出す 様子を窺う 秋元・有賀(1996) 日記をつける 部屋を片付ける ワープロを打つ 返事をする 様子を見る 表4 中国の教科書と秋元・有賀(1996)における類義コロケーション( 2 ) DW 傘を持つ 部屋を掃除する 秋元・有賀(1996) SW 傘をさす 傘を持つ 部屋を片付ける 料理を作る ワープロを使う 意見を出す 秋元・有賀(1996) 傘をさす 料理をする ワープロを打つ 意見を述べる 類義コロケーションにおいて、学習者の産出を不自然にさせる恐れのある「スライ ドを映す」 「握手を交わす」 「約束を違える」と「傘を持つ」に焦点を当てて分析する。 それぞれのコロケーションが教科書での例文は下の( 1 )から( 5 )までである。 ( 1 )教室で映画やスライドを映す時、回りに黒い幕をかけます。 ( 2 )男性同士、男女でも親しくない初対面の場合など、握手を交わす。 ( 3 )あるべき所に、あるべき生命が、約束をたがえず登場してくれるのは、やはり うれしい。 ( 4 )雨が降るかもしれないから、かさを持っていったほうがいいよ。 ( 5 )雨が降っているのに、傘を持たないで出かけました。 - 39 - まず、 「スライドを映す」は日本の教科書に取り上げられていない表現であり、日 本語母語話者の客観的使用を代表した「現代日本語書き言葉均衡コーパス」 (BCCWJ) にもない表現である。このことから、 「スライドを映す」は日本語母語話者の言語使 用の習慣を反映していないといえるだろう。BCCWJ を調査した結果、例文( 1 )の文 脈において、 「スライドを映す」より「スライドを見(せ)る」の方がより母語話者の 言語使用の習慣を反映している。また、前文脈の「映画や」がなければ、日本の教科 書が提示している「スライドを使う」の方がよりよく使われている。しかし、中国の 日本語教科書が「スライドを見(せ)る」や「スライドを使う」を提示していない中、 「スライドを映す」を選んでいることは、中国語の「放映幻灯片」の影響を受けてい ると考えられる。例文( 1 )から見れば、 「スライドを映す」は誤用であるとは言えな いが、教科書が学習者の母語に類似しており、そして日本語母語話者の言語使用の習 慣を反映していない表現を取り上げることは、学習者のコロケーション産出を「知ら ない表現があれば、母語によって推測すればいい」という誤った方向に導く可能性が あるため、今後このような表現の取り扱いに注意する必要があると考えられる。 次に、例文( 2 ) ( 3 )から中国の教科書が提示している「握手を交わす」 「約束を違 える」は、日本の教科書が提示している「握手をする」 「約束を破る」より古くて固い 表現であることが分かる。教科書がこのような古くて固い表現を提示することにより、 学習者がそれを運用し、産出している日本語が古めかしくてかたくるしいというよう な印象を与えるため、今後学習にふさわしいコロケーションの導入が必要とされる。 最後に「傘を持つ」について、例文( 4 )と( 5 )は正しい文である。しかし、例文 ( 5 )は「雨が降っている」という文脈において、 「傘をさしている」と「傘を持って いる」とを学習者に混同させる恐れがある。この場合、教科書として「傘を持つ」と 「傘をさす」を明確に区別する方がより適切だろう。秋元(1993)は中級段階の日本語 学習者を対象にコロケーション能力調査を実施した結果、 「傘をさす」の正答に対し て誤答で最も多かったのが「傘を持つ」であり、これは「傘をさす」というコロケー ションを知らないために、 「物を持つ」の類推からの誤答とみられると指摘している。 今回の調査では、このような誤用の原因として教科書の影響も可能性の一つとして考 えられる。 4.3.コロケーション提示方法における比較 各教科書はコロケーションの提示において、どのような方法を取っているかを考察 するために、まず四種類の教科書で共通している「眼鏡をかける」を一例として、教 科書でのコロケーションの提示方法を考察する。 ( 1 )BD 1 練習問題: (接続の練習) (例)山田さんは日本人です/スミスさんはアメリカ人です→山田さんは日本人で、 スミスさんはアメリカ人です。 - 40 - めがねをかけた人は王さんです/帽子をかぶった人は孫さんです→ ( 2 )BW 3 文法解説: ( 「と」の文法解説) 眼鏡を掛けないと、よく読めない。 (不戴眼镜看不清楚。 ) ( 3 )DW 2 会話 酒井:ええ。背の高さは 1 メートル 80 ぐらいで痩せ型です。それから、眼鏡をかけ ています、黒ぶちの。 ( 4 )SW 3 文法解説: (動詞「かける」の使い方の説明) 目がますます悪くなって、もう眼鏡をかけないと、黒板の字が見えなくなりました。 以上の「眼鏡をかける」の提示方法を通して、例文( 4 )の SW 3 は動詞「かける」 という語の使い方を説明するとき、 「眼鏡をかける」というコロケーション項目に言 及し、焦点を当てたため、明示的に教えているといえる。それ以外は、すべてほかの 文法項目を説明・練習するとき、 「眼鏡をかける」を題材として提示し、コロケーショ ンに明示的な焦点を当てていないため、暗示的な方法を取っているということになる。 各教科書において、明示的に提示しているコロケーションと暗示的に提示しているコ ロケーションを見るために、単語リスト(XC) 、会話(KW) 、練習問題(LX) 、閲読 文(YD)と文法解説(ZS)に現れているコロケーションの頻度数を調べ、その数を 表 5 に示す。 表5 コロケーションの出現部分のまとめ BD BW DW SW XC 24 11 9 9 KW 222 142 145 465 LX 374 426 182 422 YD 48 ∅ 51 40 ZS 261 210 141 308 総頻度数 929 789 528 1244 XC の割合 2.58% 1.39% 1.70% 0.72% 注:∅は教科書にない部分のことを意味している。 表 5 から分かるように、単語リストで明示的に提示するコロケーションの頻度数に おいて、BD は 24 項目で最も多く、ほかの教科書は約 10 項目にとどまる。また単語リ ストに現れるコロケーションがコロケーションの総頻度数に対していずれも 3 % 以下 の割合であることから、単語リスト以外に現れる 97% 以上のコロケーションは会話、 練習問題と文法解説の中で暗示的に提示されていることが推測できる。言語教育にお いて、明示的提示と暗示的提示は共に必要なものであるが、母語話者によく使われて いる高頻度のものを明示的に指導すべきであり(Schmitt 2000) 、このような指導が効 果的であると多くの研究者が報告している(Woolard 2000;Hill 2000) 。しかし、今回 2) 「影響を与える」をはじめ、97% 以上 の調査では母語話者のよく使う 「興味を持つ」 のコロケーションが教科書で暗示的に提示されていることが分かる。 - 41 - これに対して、秋元・有賀(1996)は会話・読解に出ているコロケーションを太字 で表示し、会話・読解の後、関連するコロケーションをまとめて提示し、最後にイラ ストなどを用いた様々な練習方法によって、コロケーションを復習する。このような 方法により、学習者のコロケーションへの意識が高まり、そしてコロケーションの習 得を促進させることが期待できる。今後、教科書の改訂にあたって、重要なコロケー ションをこのように提示する方法も参考になる。 4.4.教科書の取り入れるべきコロケーションの提案 日本語教育において求められる教科書とは、母語話者の言語使用の習慣を反映し、 学習者にふさわしい表現を提示するものと考える。しかし、今回の調査で、教科書が 提示しているコロケーションにおいて表現が古く、不適切なコロケーションも見られ、 また、日本で使われている日本語教科書に現れているものを重視していない傾向も見 られた。このような問題点に対し、今後不適切な表現を入れ替えるとともに、日本の 教科書に現れている表現や母語話者のよく使う表現を取り入れる必要がある。ここで は、今後各教科書が取り入れるべきコロケーションの提案を試みる。 表6 取り入れるべきコロケーションの提案 BD 皮を剥く キーを押す 計画を立てる 写真をとる 電話を切る ボタンを押す BW キーを押す DW 礼を言う 皮を剥く キーを押す 電話を切る 文句を言う 様子を見る SW 皮を剥く キーを押す 計画を立てる 迷惑を掛ける 今回提案するものは、中国の教科書には現れていない項目であるが、秋元・有賀 (1996)に現れ、そして母語話者のよく使うものに限る。その理由として、以下のもの が挙げられる。秋元・有賀(1996)で扱われているコロケーションは、日本で使用さ れている日本語教科書に現れ、学習者の生活に近いトピックのもので、学習にふさわ しいものであると考えられる。このようなコロケーションに、さらに母語話者のよく 使うものという条件を加えると、母語話者の言語使用の習慣を反映できる。そのため、 中国の日本語教科書を改訂する際に、このような項目を配慮に入れるべきであろう。 具体的な項目を教科書別に表 6 に示す。今回提案したコロケーションの数が限られて いるため、今後、中国の日本語教科書に取り入れるべきコロケーションに関するさら なる研究が必要とされるだろう。 - 42 - 5.結論 本研究では、中国の大学一年、二年で最も広く使われている四種類の日本語教科書 に現れたコロケーションを調べ、教科書どうしの比較を通して、各教科書でのコロ ケーションの提示状況や問題点を明らかにすることができた。結果として、各教科書 間において、取り扱うコロケーションの頻度も種類も統一されていないことが分かっ た。また、中国の各教科書が取り扱うコロケーションにおいて表現が古く、不適切な ものが含まれている傾向が見られた。最後に、各教科書は母語話者のよく使うものを 含め、97% 以上のコロケーションを暗示的に提示し、重視していないことが分かった。 原因として、中国の日本語教育においてコロケーション教育を重要視していないこ とが考えられる。今後、シラバスや教科書の改訂にあたって、コロケーション調査に 基づき、コロケーション教育の基準を作ることは早急に取り組むべき課題の一つであ り、日本語教育におけるコロケーション学習の重要性を見直す必要がある。これは、 中国の日本語教育の現状からの調査分析である。今後は、学習者が産出したコロケー ションについて調査し、教科書が学習者のコロケーション産出に及ぼす影響に関する 習得研究を進めていきたい。 注 1 )JTC の問い合わせ先: 「北京日本学研究中心 日本語教育研究室 中国 100089 北京 市西三環北路 2 号 E-mail:syukeiei@gmail.com」 。 2 )本稿では、BCCWJ の上位 100 位の「名詞+を+動詞」パターンのコロケーション を母語話者のよく使うコロケーションとする。 参考文献 秋元美晴(1993) 「語彙教育における連語指導の意義について」Proceedings of the 4 th conference on second language research in Japan、29‑47 秋元美晴・有賀千佳子(1996) 『ペアで覚えるいろいろなことば―初・中級―学習者の ための連語の整理』武蔵野書院 秋元美晴(2002) 「連語の研究と語彙運用能力向上のためのその指導法」水谷修・李徳 奉(編) 『総合的日本語教育を求めて』国書刊行会、233‑246 石川慎一郎(2008) 『英語コーパスと言語教育』大修館書店 大曾美恵子(2002) 「コーパスから得られるコロケーション情報―「影響、刺激、感 動」を中心に―」 『言語文化論集』23( 2 ) 、 3 ‑12 大曾美恵子・滝沢直宏(2003) 「コーパスによる日本語教育の研究―コロケーション及 びその誤用を中心に―」 『日本語学』22 巻 4 月臨時増刊号、234‑244 大曾美恵子(2005) 「コーパスによるコロケーションの特定―日本語学習辞書の充実を 目指して―」影山太郎(編) 『レキシコンフォーラム No. 1 』ひつじ書房、11‑23 - 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